故翁長氏の足跡を称え、がん治療から4か月の早すぎる死を悼む

がん治療からわずか4か月での早すぎる死を悼む

2018年8月8日、新聞各社は膵(すい)がんを公表し、治療を続けていた沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事が8日午後6時43分、膵(すい)がんのため沖縄県浦添市の病院で死去した。と報じました。この場を借りて故翁長氏の足跡を称え、謹んで哀悼の意を表します。お疲れ様でした。

翁長氏は2014年11月の県知事選で、辺野古移設反対を掲げて、当時の現職に10万票の大差をつけて当選し、その後、一貫して移設反対を訴え続け、安倍政権と激しく対立してきました。翁長氏はもともと自民党県連幹事長と要職にあって、自民党(政権)の沖縄基地負担に対する沖縄特別優遇策を支持してきた人です。

しかし基地負担による経済的恩恵に浴する県民とそうでない県民、繰り返される米軍関係者による事故や事件の当事者となる県民とそうでない県民という二極の対立の構図が沖縄県民を真っ二つに分けてしまった、二つに分かれて争っている問題を何とか解決しなければしなければならないとして、自民党や政府に対する政治ポリシーを変えた人です。

翁長氏は4月にステージ2のすい臓がんと診断を受け、同月に切除手術を受けてからわずか4か月たらずでの早すぎる死に違和感を覚えたのは私だけでしょうか。そこで新聞報道で発表された経緯を時系列に見て見ると、4か月という短期間で死去されたその理由が見えてきました。

誰にとってもがんの告知とがん治療は身近な問題です。避けて通れない問題と言っても過言ではありません。あなた自身とあなたの愛する家族を守るためにはあなたは何が大切だと思いますか?がんに対する正しい知識でしょうか?それも大切ですが、実はがん治療のリスクを正しく理解することはもっと大切なことなのです。

退院の記者会見(2018年5月21日)

2018年5月15日、翁長氏は病気について記者会見しました。一部、朝日新聞電子版より抜粋させていただきました。その内容は以下の通りです。

私が受けました手術および病理検査の結果と退院についてご報告させていただきます。まず経過報告ですが、4月6、7日と精密検査を行い膵臓(すいぞう)の腫瘍(しゅよう)と診断を受けました。その他の臓器も検査を行いましたが腫瘍はありませんでした。

4月23日に富川副知事、謝花副知事から記者会見させていただいた通り4月21日、浦添市の浦添総合病院において伊志嶺朝成(いしみねともなり)先生執刀で手術を受けました。手術は予定通り行われ、腫瘍部を切除し病理検査の結果を待ちました。

病理検査の結果、診断は膵臓の腫瘍膵(すい)がんとの診断結果を受けました。切除した腫瘍は大きさ約3センチ、ステージは2と説明がありました。転移については膵臓周囲のリンパ節の中に一つ確認された。手術で切除したと聞いています。診断結果を受け、今後は再発や転移を抑える治療を行う予定です。

謝花(じゃはな)喜一郎副知事の記者会見(2018年8月8日)

謝花(じゃはな)喜一郎副知事が8日県庁で会見しました。その内容は以下の通りです。

翁長氏は意識が混濁状態になっている。8月4日、面会した際には、がんが肝臓に転移していると明かした。再発を抑える抗がん剤治療を受けながら県議会6月定例会や、6月23日の沖縄全戦没者追悼式に出席していた。

翁長氏の死を早めた要因

翁長氏の会見を時系列でたどってみるとすい臓がんはステージ2でした。すい臓がんはがんの中でも5年生存率が低いことは知られていますが、それでもステージ2ですから適切に処置できれば決して生存率は低くないと思われます。

2018年4月21日にすい臓の腫瘍部とリンパ節部の切除は成功したようですが、それから化学療法(抗がん剤治療)が始まります。2018年5月15日に退院して公務に復帰します。2018年6月23日に沖縄全戦没者追悼式の出席、そして2018年7月27日に前知事による辺野古埋め立て承認を撤回する手続き開始の表明をしました。

翁長氏は腫瘍部の切除手術とその後の流動食による体力低下に加え、化学療法(抗がん剤治療)による免疫抑制(低下)に加え、政府と対立しながら公約実行のための心身ストレス、どれをとってみても体力回復とはほど遠い、まるで真逆の要因ばかりが目立ちます。

もし翁長氏の隣で身体の声が聞こえたならばたぶん次のような悲鳴が聞こえたのではないでしょうか。「大きな怪我(手術)で身体が癒えぬ間に、今度は毒薬(抗がん剤)を飲まされ、抵抗力も免疫力ももう底をついているのに、この上、政府と出口の見えない難題に立ち向かったら、もう身体が持たないよ。」

翁長氏は沖縄県民が賛成派と反対派に分かれて争いを続けてきた現状を心を痛め、辺野古移設反対実現を公約に掲げて知事に当選し、その選挙民意を果たすため、まさに亡くなる瞬間まで文字通り政治生命をかけて最後まで覚悟をもって県政をやり抜いた尊敬すべき人です。心より敬意を評し、ご冥福をお祈り申し上げます。沖縄県に翁長氏の遺志が引き継がれ、その意思が達成できる日が来ますことを陰ながら応援しております。

化学療法(抗がん剤治療)を拒否してステージ3の大腸がんから生還した男

クリス(Chris Wark)は26歳の2003年12月22日、ステージ3の大腸がんと告知されました。そして腫瘍部の切除手術を受け、担当医から5年生存率は60%、すぐに9-12か月の化学療法(抗がん剤)を始めるよう同意を求めてきました。クリスは人生で最も重要な決断を迫られました。

そしてクリスは自分のそれまでのライフスタイルががん細胞を作り自分を殺そうとしている。だとしたらライフスタイルの間違いを改めれば、がん細胞を消滅させ自分で治癒できるのではないかと思ったのです。次第にその思いは確信へと変わり、少なくとも化学療法(抗がん剤)によるリスクを避けるため化学療法(抗がん剤)に同意しませんでした。

その後、がんの三大療法(外科手術、化学療法、放射線療法)以外でがん克服のための方法を世界中の情報を探し、本を読み、がん生還者に会って話を聞き、食事を変え、ライフスタイルを変え、思考を変え、5年生存を果たし、がん生還者となりました。下記で予告編がご覧になれます。

そしてがん告知から6年目に自身のがん生還の実際を人々に伝えるためサイトを開設しました。するとすぐに世界中の人々から助けを求める声が届くようになりました。そしてその声に応えるようにがん患者のための1対1のコーチングプログラムを開始しました。

そしてここに12年間の自身のがんを克服の知見とがん患者へのコーチングの知見を二つの知見を合わせてそのエッセンスを誰でもが学び実践できるプログラムを完成させました。

このプログラムの10のビデオが無料視聴できます。2018年8月14日(日本時間で8月15日)に開始です。下記のサイトURLにアクセスして名前とメールアドレスを送信して視聴登録できます。

もしあなたががん患者、あるいは介護者、あるいはがんを予防したいと切に思っているならばこのプログラムはあなたが探しているものかもしれません。

SQUARE ONE - Chris Beat Cancer

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