The true meaning of karma

カルマ(KARMA)とは

今日はカルマと思考パターンについて考えてみたいと思います。まず最初にカルマについて心の科学についてのアカデミーを主催している現在の精神的指導者の一人、ピレイ博士(Dr. Pillai)の見解をご紹介します。

Dr. Pllai

Dr. Pillai, a Spiritual Scientist, Academic Scholar

quote-left

カルマの文字通りの意味は行為(行動)ですが、思考もまた行為(行動)と同義語です。従ってカルマとは人生において何度も何度も繰り返されて、脳細胞に深く刻まれている、「思考パターン」と置き換えるとより理解しやすいでしょう。同じ人間として自由を持った環境に生まれてきたにもかかわらず、ある人は社会で成功を収め、ある人は仕事さえなく混乱の人生にいます。これもみなその人の脳細胞に深く刻まれた思考パターンのなせる業なのです。

行動パターンが変わらないのは思考パターンが変わらないため

身内の話で恐縮なのですが自他ともに認める「片付けができない人」のお話です。その人にはいくつかの好ましくない癖があります。人間は誰でも癖を持っていますのでそれだけを取り出して非難することはできれば避けたいものです。しかしながらそれが周囲の人にとって障害や実害をもたらしているとなれば注意喚起をしなければなりません。

その悪い癖の一つは通路の足元にものを置く癖

この癖のおかげで家の廊下、つまり皆が利用するあるいは通路という通路にのあちこちに物が置かれます。その物は時に作業中の何かをそのまま出しっぱなしにしてあったり、どこかの部屋の何かを取り出しに行ったときにある理由で持ち帰ったものが一時的に置くつもりでそのまま長らく放置されていたりします。このことによる周囲の者への障害や実害は廊下が狭くなり、足をぶつけたり、ひいてはつまずいたりする原因になります。もちろん本人にとっても同様です。しかしこのことは夜間や何か緊急時に廊下を急ぐ場合には転倒の原因にもなります。

次の悪い癖の一つは調理の火をつけたまま台所を離れる癖

この癖のおかげで歴代の台所の鍋の底が何度となく黒くなりました。今まで鍋の買い替えで済んできたことがこの癖が一向に治らない原因の一つのように思います。もしこれが実際の火災の原因となっていたら今頃はこの癖が治っていたかもしれません。もちろんその都度、注意喚起するのですがその時本人の口から出る言葉はかならず「ちょっとの合間だから.....」です。つまり少しの間離れるだけだからそんなに目くじらを立てるほどのことでもないという思考なのでしょう。

これら二つの癖にまつわる話を聞いて皆さんはどう思われましたでしょうか?

そんな癖の一つや二つは誰にでもあるさ。大事に至っていないなら大したことじゃないよ。などなど。

実は私がこのお話をした本当の意図は癖というのは別名「思考パターン」だということです。何度も何度もその思考パターンが繰り返し繰り返し行われることで脳細胞に刻まれていくのです。そして頭でよくない癖だと認識していてももはや容易に変えることができないのです。

別の言い方をすればこの癖はよくないと認識する脳の部位と条件反射的に思考する脳の部位が違うということです。つまり青島幸雄作詞、植木等が歌う、スーダラ節の有名な一節がまさに的を得ています。

わかっちゃいるけどやめられない

性犯罪者の多くには教育水準や知的水準が高い人が多くいます。そして性犯罪者の多くは累積犯が多いことでも知られています。つまり他の犯罪者の中でもとれわけ性犯罪者が犯罪を繰り返す比率がとても高いのです。これはつまり『わかっちゃいるけどやめられない』のです。このように細胞に深く刻まれた思考パターンがカルマの実相、あるいは正体だと申し上げたいのです。

カルマを変える方法とは

カルマという思考パターンを変える実践方法は古来より公開されてきました。その一つがヨーガです。「私もう始めています」という声が聞こえてきそうですが、それではお尋ねします。

あなたは正直(サッティヤ)を実施していますか?

言い換えれば、自分にも他人にも嘘をつかないよう心がけていますか? ご存知のとおり一つ嘘をつけば必ずつじつまを合わせるために本来ならばつかなくてもよい別の嘘を重ねなければなりません。嘘をつく限り決して心に真の安心を得ることはないでしょう。つまりこの思考パターンを変えない限りカルマを変えることはできません。

ヨーガ・スートラ、第2章36節、パタンジャリ(The Yoga Sutra, chapter 2-36, by Patanjali)

あなたは不盗(アスティヤ)を実施していますか

言い換えれば、他人の時間や所有物や心の喜びを盗まないように心がけていますか? 約束の時間に遅れることは他人の時間を盗むことと同義です。他人のものを盗む限り決して心に真の平和を得ることはできないでしょう。この思考パターンを変えない限りカルマは変えることはできません。

ヨーガ・スートラ、第2章37節、パタンジャリ(The Yoga Sutra, chapter 2-37, by Patanjali)

あなたは不貪(アパリグラハ)を実施していますか?

あなたは不貪(アパリグラハ)を実施していますか?言い換えれば人や物に依存や執着をしていませんか?気が付いたら多くの不要なものが部屋にあふれていませんか?海外旅行でいろいろなものを購入したけどそのほとんどはゴミ袋に入っていませんか?ある人は言います。物欲が強ければそれは働く動機になると。しかしそれだけストレスも増える結果になっていませんか?人や物に依存や執着をしている限り心に真の喜びを得ることはないでしょう。この思考パターンを変えない限りカルマは変えることはできません。

ヨーガ・スートラ、第2章39節、パタンジャリ(The Yoga Sutra, chapter 2-39, by Patanjali)

これがヨーガの本質です。ヨーガそれ自体が生命の科学、魂の科学、心の科学です。そしてカルマと思考パターンを変革させる具体的な方法です。聖者と呼ばれる精神的指導者たちの多くはこのヨーガの本質を理解して実践し、心の真の安心、平和、喜びを得て、思考パターンを変えてカルマを変革してきた人たちなのです。

Comments are closed.