Human is still an unknown being

四次元パーラーあんでるせん

私は2017年に入ってから四次元パーラーあんでるせんに3回訪問しました。6月には熱望する人々を引率してまた再訪する予定でいます。四次元パーラーあんでるせんに人を引率することは本来の私の仕事ではありませんし、当然ことながら四次元パーラーあんでるせんと提携しているわけでもありません。

私にしてみればご縁のある人々に未知なる世界にお連れする水先案内人のつもりでやっていることです。そしてそれらに人々にとって今まで常識だと信じて疑わなかった固定概念に穴が開いて、その隙間から新しい概念が風のように吹き込んでくれればよいと思っています。

体験を繰り返しながら固定概念は構築されていく

以前、常識を押し付ける人の話を投稿しましたが、固定概念というのはその人の生まれ育った環境における繰り返し経験することで構築されるものだと考えています。一般的に生活圏が狭ければ付き合う人の範囲も狭く、価値観や考え方の多様性も狭くなると思われます。実際に日本の鎖国時代は良くも悪くも日本だけで通用する価値観や常識に人々は疑う余地はなかったのではないかと思います。

現在は、日本に居ながらにしてメディアを通じて世界の情勢を知ることができます。明日の今ごろは、ヨーロッパのどこかを観光、あるいは仕事をすることが可能な時代です。他国を訪問すれば身をもって価値観の多様化を経験することができます。しかしながらそれでもなお個人が長年築き上げた固定概念というのもはそう簡単に壊れるものではありません。

私たちの多くはたえず「こうあるべきだ」、「そんなことありえない」、「そんなの常識だ」など、実際には存在しない、目には見えないもの、言葉では定義できない固定概念をたくさん持って暮らしているように思います。しかしそれが通用しなくなる時が来ます。それは未知なるものや現象に遭遇した時です。

未知なるものや現象に遭遇してもパニックにならないために

私はいつも世界は不思議に満ちていると思っています。科学が証明していることだけが科学ではないと思っています。世界には未知なる生命、現象、科学などで満ち溢れていると思っています。

もし私が何か未知なるものに遭遇してもそれが未知なる生命だからという理由で恐怖を覚えることはありません。また未知なる現象だからという理由で現象を否定することはありません。またそれらが科学的に証明されていないという理由で科学的ではないと断言することもありません。

自分の知識、経験、固定概念などは実に小さなもの、限られたものです。例えて言うと大海の一滴の水のような、あるいはそれ以下のものと思っています。私にとって未知なるものとの遭遇とはたんに私がまだ知らないものとの初めての遭遇という思いにほかなりません。

四次元パーラーあんでるせんで遭遇する現象を初めて目にする人はそれは自分にとって未知なるものとの初めての遭遇と思えばよいのです。そしてマスターの言葉を素直に記憶にとどめていただければと思います。それは....

Mr. HisamuraMaster, あんでるせん

これは誰にでも備わっている潜在能力です。

人間とはまだまだ未知なる存在

先日、人間はまだまだ未知なる存在であることを改めて思った出来事に遭遇しました。それは人間の輪廻転生に関することです。私は自分の輪廻転生に関する記述をインドで発見しました。そこには私のある過去生の人生のハイライトが記述されていました。しかし私にとってその内容はそれほど驚くべきことではありませんでした。私はその記述は本物だと直観しました。なぜなら私の過去生の行為の結果が今生の行為の動機となっていることが十分に理解できたからです。

一般的に私たちのほとんどは自分の興味のある対象とまったく興味を示さない対象を持っていると言えます。また考え方や行動の傾向、あるいは癖(くせ)を持っています。その理由は何故と聞かれたら、私たちはただ「わからない」としか答えようがありません。しかしもし過去生と今生を比較できればその理由は明らかになります。

例えばあなたは音楽が大好きで、とりわけイタリア歌曲が大好きで、専門的な音楽教育を受け、現在、オペラ歌手として活動しているとします。もしあなたが自分の過去生の記述に遭遇したとします。その記述に次のように記述されていたとします。「あなたはある過去生にイタリアの小さな村に生まれ、幼少のときに両親に連れて行ってもらったオペラを見て大変感動し、その後、努力を重ねてプロ歌手となって職業的名声を得ていた。」あなたも私同様に、自分の過去生の行為の結果が今生の行為の動機となっていることが十分に理解できるでしょう。

Kaz MasudaDirector, VedicRemedy

ヒトは時空を超えて輪廻転生を繰り返している生命体である。過去の行為の結果が次の行為の動機となる。現状とは過去の行為の結果であり、その原因は過去の行為にある。今後の運命を変えるには現状の行為を変えるしかない。

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