■ 知らぜざる親日国スリランカ物語

■ 知らぜざる親日国スリランカ物語 The Story of Srilanaka

 
【知らぜざるスリランカのベストセラー】
 
私は90年代後半、インターネットの黎明期にドイツ人起業家とともにスリランカに渡り、アーユルヴェーダビジネスに参画しました。スリランカの古都、仏歯寺とそれを祝うペラハラ祭りで有名なKandyにアーユルヴェーダヘルスセンターを開業し、近くのホテルと提携して滞在型アーユルヴェーダ・ツーリズムをヨーロッパ人と日本人に提供するべく事業を準備していました。
 
しかしながら当時のスリランカはインドのタミル人の移民が多い北部の一部で民族独立を果たそうとする抵抗勢力とスリランカ国家との内戦が停戦と戦闘状態を繰り返す不安定な状態にありました。コロンボではテロ活動が起こるたびに各国の外務省は渡航を自粛する勧告を出していました。このような状況のためにアーユルヴェーダビジネスは頓挫することとなりました。そして長く続いた内戦が終結したのが2009年でした。
 
サマハンス【パイスティ
 
サマハンは私がスリランカに駐在しているときからすでに取引を始めていた商品でした。実際に製造元の生産ラインも視察し自分の身体で確かめたた肝いりの商品です。スリランカではこの商品は風邪の予防として広く知られるスパイスティです。実はこの飲み物はアーユルヴェーダの伝統的なレシピであるPeyawa という名称で広く民間療法として家庭で飲まれていたものですが、時代ともに原材料であるハーブの一部が入手困難になりそれを代替ハーブによって製品化したのがSamahan でした。
 
今でも戦友のドイツ人起業家夫妻とは長く交流を続けているのですが、先日、サマハンの話になり、彼らも私同様あれ以来サマハンは続けて飲んでいると聞きました。サマハンは皆さまご存知のように14種類のハーブとスパイス、甘みはサトウキビ、ノンカフエィン(Cafein free), 化学物質無添加(Chemical free),食品添加物無添加( Food addictive free)で、顆粒で1包づつアルミパックに入っていて、お湯を注げば飲めるので、いつでも新鮮、手軽に持ち運びができるので弊社のリピーターの方にも大変重宝されているようです。
 
サマハンはスリランカのスパイスティで2007年にはSri Lanka Council によってスリランカのSuperbrandの受賞をした製品です。いわば名実ともにスリランカを代表するブランドと言えます。もちろん弊社のベストセラー商品でもあります。


【知らぜざる職人技を持つスリランカ】

 
さてスリランカは今日本企業が最も熱い視線を送っている国の一つです。2009年に内戦が終わり、政情が安定した中、今や経済発展の最も著しい国の一つとなっています。先月のテレビ東京(日本経済新聞グループ)の経済番組の一つ、社未来世紀ジパングでもスリランカのNow and Then が取材とともに紹介されました。今(Now)は知らせざる経済発展途上国スリランカ、そしてかつて(Then)は日本の大恩人スリランカをご紹介します。
 
知らぜざる親日国スリランカ
知らぜざる親日国スリランカ
 
今日本の企業がこぞってスリランカに進出しています。その先輩格はあの陶磁器メーカー、ノリタケです。なんと40年前からスリランカで陶磁器を生産しています。今ではスリランカ土産と言えば高級陶製食器のノリタケなのです。スリランカを旅行する外国人はNoritake が日本の愛知県ブランドであることは知っているかどうかは分かりませんが、今やスリランカを代表するブランドになっているのです。
 
知らぜざる職人技を持つスリランカ
スリランカ土産と言えば高級陶製食器のノリタケ
 
そしてノリタケは今やほとんどの生産拠点をスリランカに移しているということです。その理由は、スリランカに良質な土が合っただけではありません。スリランカ人の勤勉な国民性と手先の器用さは日本の職人と見まごうばかりの職人気質だというのです。陶磁器の絵付けは熟練の職人技を必要とされますが、スリランカの職人のレベルは日本の職人と同等ということの証明なのでしょう。
 
【知らぜざる大恩人スリランカ】
 
第二次世界大戦後の戦勝国と敗戦国の戦後処理を話し合う会議が1951年9月8日アメリカのサンフランシスコで開催されました。そして翌年1952年にこの安全保障条約が発布されますが、これをサンフランシスコ講和条約と言い、日本の戦後処理が決まったわけです。その会議の議題で煉獄国による日本の分割統治の議案が出ていました。つまり日本はかつての東西ドイツの分断、現在もつづく南北朝鮮の分断と同じ運命をたどる可能性が高かったのです。
 
知らぜざる大恩人スリランカ
サンフランシスコ会議で日本分割統治の議案が出されていた
その会議のある演説が日本の分割統治を回避させたといわれています。それが当時スリランカの大蔵大臣であり、後に大統領となったジャヤワルダナ氏 (J. R. Jayewardene) の演説でした。ジャヤワルダナ元大統領はアジアの同じ仏教国である日本に対して親日の気持ちを込めて次のようなスピーチを行ったのです。
 
hatred ceases not by hatred, but by Love
憎しみは憎しみでは消えず、愛のみである
 

 
ジャヤワルダナ元大統領のスピーチに会場から大きな拍手が鳴り響き、そして会議の流れが一転したと言うのです。そして連合国は日本の主権を承認し、日本は分割統治から免れるに結果となったのです。ジャヤワルダナ元大統領の氏のスピーチがその原動力となったことは歴史的に認められている事実なのです。そして時の総理大臣、吉田茂はその後ジャヤワルダナ元大統領と同席し、こう語ったといいます。「日本人はこの大恩を後世まで忘れてはならない。
 
そして日本は戦後、スリランカに積極的に政府開発援助(ODA)によって経済支援を行い、道路等のインフラから国会議事堂建設まで正に吉田茂の言葉通り、日本はスリランカに対して長びく内戦により経済が疲弊した間も継続して援助を続けてきたのです。そして今、日本とスリランカは経済協力関係をさらに強めようとしているのです。日本とスリランカは実は知らせざる大恩人同士だったのです。今後ますます両国があらゆるレベルで信頼と協力関係を築いていくことを切に期待いたします。

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