■ 必要は発明の母、情熱は継続の父

■ 必要は発明の母、情熱は継続の父_Necessity is the mother of invention, passion is the father of continuation.

 
【使わなければ錆びる】
 
▼私は仕事柄、日本語と英語の両方を使わなければならないのですが、その両方に共通する法則を発見しました。それはどちらも『使わなければ錆びる』ということです。最近は本当に手書きをすることが少なくなりました。公私共にキーボードで文字を入力することがほとんどです。日本語はローマ字入力でひらがなをタイプして漢字に変換するものですから、いざ何かの書類に手書きしようとすると漢字を忘れていることに気づきます。
 
語学は読み、書き、聴く、話すの4つの技能でコミュニケーションが成り立っていますが、母国語でさえこの調子ですので第2外国語である英語も4つの技能の全てを日々続けていなければその能力はどんどん錆びついていきます。私はそれら技能を維持するために次のようなことを継続しています。
 
▼まず読むことは、日本語・英語とも毎日メール、サイト、電子新聞などに目を通しています。次に書くことは、毎日メールの報告、連絡、返信、そして週に何度かは記事を書いています。次に聴くことは、毎日お気に入りのオンラインTVニュース(Fox News, CNN)を仕事の合間に、またラジオ番組(Fox Radio)は寝床で早朝1時間以上聴いています。そして話すことは、毎日ネット通信にて各国の人々とビジネス英語会話を継続しています。その合間にジムでウオーキングとストレッチ、サウナで身体を動かし、温めるようにして健康をいう最大の技能を維持するようにしています。


【英語がなぜ話せないのかという考察】

 
▼ところで日本人が第2外国語としての『英語がなぜ話せないのか』という大変興味深い投稿を読みました。今日はそれを皆さんと共有したいと思います。この投稿は英語教育サービスを行っている本城武則さんのメルマガより一部抜粋させていただきます。この場を借りて抜粋をお許し願います。この実話の状況設定はある日本人がカナダに語学留学をしていたとき、日本の大手英会話学校で講師をしていた外国人が、この留学生にこんな話をしてくれたというのです。それは……
 
「日本の英語教育は完全に失敗だ。あんな教育で話せるわけがない」
 
その留学生はそのときに、「日本人が英語以前の問題として会話下手なのは、教育の仕方もさることながら、日本社会の風土にも問題があると感じた」というのです。それは…….
 
「日本では自分の意見をはっきり言うのを嫌う傾向があるから、英語に限らず、話ができないのだと思います。先生や上司の言ったことに逆らえない雰囲気。みんなの意見と同じでなくてはならない雰囲気。変に目立つことをよしとしない雰囲気。自分で積極的に発言などせず、周囲の空気を必死に読みながら、自分はできるだけ目立たないようにして、上の言ったことには逆らわない、周囲に同調することが当たり前という社会で長年育ってきたら、いくら英語を勉強しても、自分の意見がない、もしくは自分の意見は言ってはならないと思っているから、話せないのではないか」と。
 
日本では違う意見を言ってはいけないと、彼女が強く感じたのは、中学生の時だった。その体験とは…..
 
授業でピューリッツァー賞を受賞した写真「ハゲワシと少女」を見せられた時のこと。この写真は内戦化のスーダンで飢え寸前の少女が、ハゲワシに狙われているというものだ。先生の授業の雰囲気からは、「写真なんか撮っている場合ではない。まず少女を助けるべきだ」というニュアンスが醸し出されていた。
 
その上で、先生は生徒に聞いた。写真を撮るべきだったのか、まず助けるべきだったのかと。10人の生徒のうち9人は、まず助けるべきだと手を上げた。しかし彼女だけは、写真を撮るべきだったに手を上げた。
 
「この写真によって多くの人に問題を訴えることができたし、この写真家はきっとこの後、少女を助けたのではないでしょうか」と。1人だけ違う意見を言った彼女は翌日から無視されるようになったというのです。
 
 
【必要は発明の母、情熱は継続の父】
 
日本人が英語を話せないとい原因は、日本の英語教育の失敗のみならず、日本人の社会風土とその精神にあったという指摘です。うーん。かなり的を得た論評ではないかと思います。しかしながら例えそれが真相であったとしても実際に多くの日本人が第2外国語としての英語をそれなりに使いこなしているという事実もあるのです。
 
そこで私は考えました。「必要は発明の母、動機は継続の父」”Necessity is the mother of invention, passion is the father of continuation.だと。
 
つまり英語を使いこなすことを必要としている人は、強い動機があるので必ず最適な方法を発見するであろうし、それを何とかものにしなければならないという強い情熱があればそれを継続できると私は信じます。ついでながらこれは英語に限ったことではありません。自分が何かを出来ない理由は必ず自分の中にあります。出来ない理由を他人、社会、政治などその他のせいにしてはいけないと思うのですが。
 
ちなみに英国推理作家でミステリーの女王と呼ばれたアガサ・クリスティ_Agatha Christie (1890-1976)は次のように言っています。「私は、必要は発明の母と思いません。私の個人的意見ですが、発明とは自身の怠惰から生じるもの、自身が被る問題を事前に回避しようとする人間の怠慢から生まれるものだと思います。」”I don’t think necessity is the mother of invention. Invention, is my opinion, arises directly from idleness, possibility also from laziness to save oneself trouble.”
Agatha Christie (1890-1976)
Agatha Christie (1890-1976)
 
Letter to Agatha Christie (1890-1976)
拝啓 アガサ様
 
古の格言にまで深い疑念の洞察とご自身の意見を公言してはばからない
あなたの
その真摯な姿勢にはただただ感服いたします。
 
敬具

Leave a Reply