■ 奇跡のピアニストを誕生させた奇跡の出会い - 辻井伸行さんのドキュメンタリーを見て

私はジャズ・ソウル系の音楽をずっと聞き続けてきたのでそのジャンルに関しては耳年寄りだと思うのだが、クラシック音楽はほとんど聞いてこなかったのでクラシックの演奏家や演奏が私の琴線に触れるタイミングが正直よく分からないでいる。従って辻井伸行さんというピアニストの演奏がどこがすばらしいのかを音楽的に感想を述べることは難しい。なので音楽性以外の視点から奇跡のピアニストを誕生させた「奇跡の出会い」について感じたことを皆さんと共有したいと思う。


最初の出会い。それは両親だ。眼球症で光も感じない全盲で生まれた伸行さん。いつ子さんはクリスマスのイルミネーションや絵画を見るたびに「(息子は)きれいなものを一生見ることができない」と涙をこぼし「夢ならさめてほしい」、そして「何度も一緒に死のうと考えた」と現実を受け止められなかった。
伸行さんは2歳のころ、いつ子さんが歌を口ずさむそばで同じメロディーをおもちゃのピアノで弾くなど才能を見せた。「目が見えない人生でも何か楽しみを持たせたかった」「自分の物差しだけで測ってはいけないんだ」と気持ちを切り替えたいつ子さん。そして「ピアニストの夢を支えるのが私の仕事」だと誓った。
次の出会いは3人の音楽家だ。一人目は10歳の時からのピアノの恩師・川上昌裕氏。二人目は様々なステージを企画して辻井伸行を出演させた音楽家・三枝成彰氏。そして三人目は世界に飛翔するきっかけを作った指揮者・佐渡裕氏。
2009年6月、4年に一度開かれる「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」で、全盲のピアニスト辻井伸行さんが、日本人として初めて優勝するという快挙を成し遂げた。ヴァン・クライバーン財団の理事であり、伝説のピアニスト・ヴァン・クライバーン氏が伸行さんを「奇跡のピアニスト」と呼んだ。そして同じ舞台でアメリカ凱旋コンサートを成功させた。
奇跡のピアニストとして辻井伸行さんの誕生の陰には、数々の奇跡的な出会いとその人たちの心よりの支援があった。まるで暗闇で一筋の光に向かって針の穴に糸を通すような奇跡の連続のようだ。伸行さんは天賦の才能を持っていたに違いない。しかしそのような人が才能を出し切れず人生を失速する例は山ほどある。人の運命は、誰と出会い、誰に支えられるかで決まるように思えてならない。それもまた天賦の才なのかもしれない。彼のショパンの『雨だれ』は何て美しいのだろう!
辻井伸行 Official Web Site ++ Nobu Piano ++

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