■ 【還愚(げんぐ)】 愚かさに気づく


【法然上人800年大遠忌(大祭)】
先日10月26日(水)法然上人800年大遠忌(大祭)が開催された。法然上人とは浄土宗の開祖。そのテーマが還愚(げんぐ)だった。私は浄土宗の檀信徒ではないが鈴木超淳(布教師)の法話と東儀秀樹のトーク&コンサートを楽しみに参加したのです。
かくして….「法然上人のご生涯」と題した講師の法話は大変興味深いものだった。
それは….「人はみな愚かな存在であることに気づく」ということだった。


私たちは他の命を犠牲にしなければ生きていくことは出来ない。
食べている食材はみな他の命の犠牲の上に成り立っているのに、
それは当たり前のように思っている。
隣に蔵が建てば隣は腹が立つ。
人と自分を比べ、人の幸福をうらやみ、嫉妬する。
心とはこのように罪を作っている。
私たちはしゃべらなくては生きて生きていくことは出来ない。
その口は人の悪口、嘘、心にもないおせじ、人によって使い分ける二枚舌。
ただの口でさえこのように多くの罪を作っている。
自分とはこんなにも愚かな存在なのに、他人はなんて愚かな奴ばかりなのだろうと思っている。
いや、この愚かさに気づいていないからこそ愚かな存在と言うべきなのかもしれない。
そしてこの愚かさこそ自分の人生で最大の敵なのかもしれません。
つまり敵は外にいるのではなく、自分の中に敵がいるようなものだ。
しかもその敵は自身がつくり出しているのに。
「還愚(げんぐ)」とは、こんな愚かな自分に気づくこと、自分とはこんな愚かな存在なのだと自覚することだそうです。

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