今を生きる

また一人身内が逝く

2015年の夏、姪(めい)が24歳の若さで天国へ召されました。彼女は薬科大学で漢方薬学の勉強をしていました。将来は医療の仕事を志(こころざし)ていましたが道半ばでこの世を去りました。そのとき一所懸命に治療の可能性を探し、両親とともに東に西へと奔走してくれた祖父が2017年1月にまた一人天国へと旅立ちました。

私は今まで大きな事故にもかかわらずかすり傷で済んだ経験をしました。私はその経験を通じて、「人は生きているのではなく、生かされている」という確信が信念に変わり、その後の私の人生の原理原則となっています。

人は生きているのではなく、生かされている

私は今まで4回以上大きな事故をしています。それは一歩間違えば、あるいは当たり所が悪ければ即死、あるいは障害者になっていたと思います。しかしそれらの事故すべて奇跡的に事なきを得て現在に至っています。私は事故からある確信を学びました。それらは宇宙法則であり、その後の私の原理原則になっています。

先日、四次元パーラーあんでるせんの訪問についての投稿をしました。別の機会に書きたかったことを今回追加させていただきます。

四次元パーラーあんでるせん 2017

2017年1月某日、四次元パーラーあんでるせんに24年ぶりに再訪しました。また一つ新たな発見をしました。​本題に入る前に四次元パーラーあんでるせんについて少しお話します。この名前をまったく知らない方、あるいは人から聞いたことのある方、または実際に現地に行ってご覧になった方も少し聞いて下さい。

四次元パーラーあんでるせんのマスターの久村さんは優しくこう語ります。

Mr. Hisamura Master, あんでるせん

世の中に偶然はありませんよ。すべて必然ですよ。

私もそのように信じている一人です。別の言葉で言い換えれば、ものごとの背景にはそれが現象として起こる理由、あるいは原因が存在するということです。原因がないところに事象は存在しません。火のないところに煙は立たないのです。

人の生き死に(誕生と死亡)においても誕生する原因があり結果として誕生し、死もまた原因がありその結果が死なのです。それも偶然はなく必然なのです。しかし若くして死亡した姪の両親や親族にとってその結果は受け入れがたいものです。

なぜあの子なんだ?なぜなの子でなくてはいけないんだ?と心の葛藤は続くと思います。時間が心を癒してくれることを願っています。

今を精一杯生きる

先日、四次元パーラーあんでるせんを訪問した際に、運よく私は出し物に参加することができました。マスターの久村さんは私の氏名、誕生日を言い当て、さらには私が気がかりにしていることを読心、つまり心を読み取り、メッセージをくれました。

Mr. Hisamura Master, あんでるせん

過去はゴミですよ。もう終わったことですよ。

私はそのメッセージをいただき改めて私がリリースしている曲の歌詞をもう一度見てみました。メッセージが歌詞とシンクロしていました。今日は皆さんにご紹介させていただきます。この歌には次のようなメッセージを込めて作りました。みなさんに共感していただければ幸いです。

Now is aliveComposed and performed by Kaz

終わった過去に心を奪われず、まだ来てもいない未来を心配することなく、今という瞬間を精一杯生きよう。


永遠の今を生きよう

本当の人生を生きるためには

心の目を開いて

あるがままの現実を見よう

目の前に現れている

現実だと思っている


過去はもう死んでいる

未来はまだ生まれていない

行ってきたその結果として

ただ今という瞬間が存在している

下記の画像のPLAYボタン、あるいは"Listen in browser"をクリックすると再生できます。

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