人生の分かれ目、それは継続する習慣が身についているか否か

継続する力

以前ルーティンの効用というタイトルでルーティンの重要性と効用について投稿しました。少し振り返ってまとめてみますと以下のようになります。

人生は取捨選択の連続です。何か新しいものに出会ったらそれが本当に私に必要なものかどうかしばらく続けてみないとわかりません。私たちは自分のためと思って何かを購入、あるいは投資します。しかしその多くはその結果が出る前にすでにほこりをかぶるか、あるいはその存在さえ忘却の彼方にあります。これではお金と時間の無駄です。

しかし事実はお金と時間の無駄のみならずもっと深刻な問題を人生に引き起こします。それは人生にとって最も重要な才能である、継続する力、あるいは継続する習慣が育たないということです。世界の成功者が口をそろえて同じ言葉を残しています。それは「成功の秘訣があるとしたらそれは成功するまであきらめないことだ。」

継続する力で慢性不調を克服

私はかつて腰の不調をかかえていました。私たちにとって目覚めたときの体調はその日をスタートする気分に関わるとても重要なことです。以前は目が覚めたときからすでに腰の不調を感じ、憂鬱な気分で一日をスタートしたことがしばらく続きました。しかし現在は以前のような腰の不調なまったくなく、新鮮な気分で一日をスタートしています。

その理由は私がこれはよいと確信した新しいことを生活に取り入れ、それを毎日欠かさず習慣化したことです。その具体的なことはまたの機会とさせていただきますが、代わりにその具体的な方法を教えた二人の女性のお話をさせていただきます。私がルーティンとしていることに毎日の運動習慣があります。そのためにあるスパ施設に行くのですが、そこでのお話です

結果を分けたある二人の女性のお話

ある女性二人に私がその効果を実証した方法を教えてあげたのです。結論を申し上げますと、Aさんは腰や肩の調子がよくなり現在もそれを続けており、大変感謝されました。Bさんは腰の調子が悪くなり、その方法を中止し、あまり感謝されませんでした。その違いを申し上げると、Aさんは注意点を守って毎日継続したこと。Bさんは注意点を守らずに途中で棄権したことです。この話には続きがあります。

Aさん

Bさん

Bさんのご主人

つい先日、Bさんのご主人がまた何度目かのぎっくり腰になりました。そのご主人とは私も知り合いなのですが、そのBさんのご主人は慢性的な腰痛を持っています。私と知り合ってからだけでも何度もぎっくり腰を繰り返し発症しています。そして先日、Bさんに、「ご主人はまたぎっくり腰ですか?」と聞きますと、Bさんは、苦笑いをしながら、「うちの人はいいことを聞いてもそれが続かないのです。」との答え。私は心の中で『それはあなたも同じような気がしますが.....これを似たもの夫婦と呼ぶのかも。』と思いました。

私はBさんに私が腰の不調を克服した物語をお話し、ご主人もやってみてはどうですかと申し上げると、Bさんは興味深そうに、また知りたそうに聞いていたので、私は次のように答えました。

「それは以前、私があなたにお教えした方法ですよ。Bさんが途中で棄権したあれですよ。」

その後、Bさんが私のところに来て、またやる気になったのか、例の方法のポイントを再び聞いてきました。私は、「くれぐれも注意点だけは守ってやれば以前のような不調は出ずに効果は出ると思いますよ。そして一番大切なのは継続です。」

人生の分かれ目、それは継続する習慣が身についているか否か

ここでもう一度申し上げます。人生にとって最も重要な才能の一つは、継続する力、あるいは継続する習慣です。

これは大人になってからはなかなか育てるのが難しいようです。これが育っていない人はいくら良いことを聞いても、いくら勉強しても、いくら才能があっても、成果が出るのを見ることなく止めてしまいます。

私はこれは健康問題にもそのままそっくり当てはまると考えています。先ほどの何度もぎっくり腰を繰り返すBさんのご主人の例にもそのまま当てはまると思います。

例えばその方とお話していると、本人はどのような身体の使い方、どのような状態のときにぎっくり腰が発症するかを熟知しています。しかしながら『喉元過ぎれば熱さ忘れる』のごとく、熟知しているはずの危険な行動を無意識のうちに繰り返しているのです。そのような行動を止める、あるいは変更する、繰り返さない、ということを継続する習慣ができていないのです。

つまり悪い習慣を止めるという習慣が育っていないということです。別の言い方をすれば、よい習慣を継続することも出来ないということになります。これは人生の成否を決めかねない分れ目となる生活習慣と言われてもおかしくないと思われませんか?いかがでしょう。

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