自分の人生を生きて後悔を残さず

▼新年の計画

新しい年が始まりました。皆さんは公私ともに始動を開始されたことでしょう。そして達成したい今年の夢や目標を立てたことでしょう。皆さんがそれらを達成されることをお祈りしています。

私は絶えず5年先から自分を見るようにしています。つまり5年先の自分が5年前の自分を見ているかのような感覚を持つようにしています。すると新しく出会(人やもの)を必然的に出会いべくして出会う人、あるいは起こるべくして起こることのような感覚でどれもが意味のあることとして素直に受け入れられるようになっています。

そして新しく出会う人の中で長い付き合いが期待できそうな人には必ず次のような言葉を一言付け加えてしまいます。「私たちの出会いは必然だと思います。5年後から今という5年前を思い出した時にあの時の出会いは今を実現させるための出会いでしたね。と言っていると思いますよ。」

奇妙な言い方かもしれませんが5年後の自分はこれから先の5年間に何か起きるかを知っている唯一人の人です。5年後の自分がどうなるかを決めているのが今の自分と言えます。私は5年後の自分を後悔させてはならないと思うのです。つまり5年後に自分が後悔しないためには今そのような生き方をしなければならないということです。


▼後悔先に立たず


「こうかいさきにたたずとはすでに終わったことを、いくら後で悔やんでも取り返しがつかないということ」と故事ことわざ辞典に出ています。私たちはその後悔の気持ちを明日への糧や努力の動機付けにしてきました。しかしそれはまだ未来に多くの時間が残されているという前提において言えることです。

Top five regrets of the dying by Bronnie Ware
Top five regrets of the dying by Bronnie Ware 
死に際して聞かれる5つの後悔の言葉」(ボニー・ウエア)という本が出版されています。長年オーストラリアで終末期ケアに携わってきた看護師であったBronnie Wareは、死を目前に控えた患者のほとんどが後悔の言葉を残すそうです。彼女は患者の語る言葉を聴きとり本にしたのがこれなのです。死を間近にした人たちはいったいどんな後悔を口にするのでしょうか。以下のそのトップ5です。

1. I wish I’d had the courage to live a life true to myself, not the life others expected of me. 
2. I wish I didn’t work so hard.
3. I wish I’d had the courage to express my feelings.
4. I wish I had stayed in touch with my friends.
5. I wish that I had let myself be happier.
1. 他人が期待した生き方でなくもっと自分の本音に忠実に生きればよかった。
2. あんなに一所懸命働かなくてもよかった。
3. もっと素直に気持ちを表す勇気を持てばよかった。
4. 友人ともっといい関係を続けていられればよかった。
5. 自分をもっと幸せにしてあげればよかった。
いかがでしょうか?

私には「死に際して聞かれる5つの後悔の言葉」は残された時間が僅かであると悟った時に人が初めて気づく「人生で最も大切なこと」のように思えます。その中で最も後悔されるのが、「自分の本音に忠実に生きればよかった」です。裏を返せば、これが多くの人にとって最も難しい行動とも言えます。

自分の人生を生きる

自分の人生を生きるということは、言い換えれば、与えられた限られた自分の命をどう使うかとも言えます。しかし人はひとりでは生きていけません。社会に出るまでは両親をはじめ身内の全面的な協力・支援なしにはかないません。そして社会に出てからも公私に渡る多くの人々の協力・支援なしにはその生活を継続することはかないません。

今年も年始の恒例イベント、第91回箱根駅伝が開催されました。青山学院大学の歴史的大記録樹立に感動した人は多かったと思います。参加した多くの選手が自分が今ここにあるのは多くの人に支えられたきたためだ。いい走りをしてその恩返しをしたいと語っていました。青山学院の選手たちの多くはこの大舞台で区間賞を取る走りを見せましたが口々に苦しいよりもこんなに楽しく走れた試合はなかったとも語りました。

 
青山学院大学 往路優勝 第5区 神野 大地 (区間賞 1:16:15)
青山学院大学 復路優勝 第10区 安藤 悠哉(区間賞 1:10:03)

私はここに後悔しない生き方のヒントが隠されていると思います。彼らは大学4年間を駅伝に捧げる生き方を自ら望んで選択しています。辛い練習もそれは至福の瞬間を体験するために必須であることを悟っているからでしょう。そしてそれが感謝したい人々への最大の恩返しであることを悟っているのだと思います。

彼らは自分の本音に忠実に生きているからこそ、その費やした努力に応じてそれ相応の結果がついてくることを知っているのだと思います。そしその努力が自分の生き方を理解し、許し、応援しているすべての人の感謝に答える最良の方法であることも知っているのです。彼らからは「自分の本音に忠実に生きればよかった」という後悔の言葉は聞かれないでしょう。人と人が理解し合い、努力することを支えあうことができれば、いかに死に際しても最も聞かれる後悔の言葉ではなく、感謝の言葉しか出てこないように思います。皆さんはどう思われますか?

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